【タイ】タイのタクシン元首相支持派は23日、「28日のタークシン王誕生日に合わせ、27、28日にバンコク都内の王宮前広場で反政府集会を開く」(同派幹部)と発表した。集会には不敬罪などの容疑で指名手配され国外逃亡中のジャクラポップ元首相府相がビデオ電話で参加する予定。
中国系タイ人でアユタヤ王朝の官僚だったタークシン王(1734―1782年)はアユタヤが隣国ビルマに滅ぼされた後、中国系住民の力を借りて、現在のバンコク都トンブリ区を首都とする新王朝を創設し、タイの独立を回復した。しかし後に、家臣で現王朝の始祖であるラマ1世に精神錯乱を理由に処刑された。12月28日はタークシン王の戴冠日で、誕生日は4月17日とされる。
タクシン派の集会は憲法記念日の12月10日以来。このときはバンコク都内の民主記念塔に数千人が集まり、旧憲法の復活や解散総選挙を求め気勢を上げた。
〈タクシン・チナワット〉
1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータ・リース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
1995年に政界に転じ、1998年にタイラックタイ(タイ人はタイ人を愛する)党を創設。地方、貧困層へのバラマキ政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、保守派との対立から、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。 8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツは凍結され、裁判で没収される可能性が浮上している。
タイの隣国のカンボジアは10月、タクシン氏を政府の経済顧問に任命。これを受け、タクシン氏は11月10―14日にカンボジアを訪問した。タイ政府はタクシン氏の身柄引き渡しをカンボジア政府に要求したが、カンボジア側は「タクシン氏は政治犯」だとして拒否。こうした事態を受け、両国は相互に大使を召還、一等書記官を国外退去処分にするなど、亀裂を深めている。
タクシン氏はまた、カンボジア入り直前に英タイムズ紙のインタビューに応じ、タイの立憲君主制の問題に踏み込む発言も行い、タイ国内で強い反発を招いている。
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