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タクシン氏暗殺? タイ外務省機密文書流出

2009/12/24 (00:00)| 主要ニュース  写真ニュース  政治

ジャトゥポン下院議員

【タイ】タイのタクシン元首相は23日、双方が大使を召還する事態に発展したタイ・カンボジア関係に関するタイ外務省の機密文書(タイ語)と英語の翻訳をインターネット上で公開した。文書は11月16日付で、タクシン氏が国内ではタクシン派による反政府集会で、国外ではカンボジアのフン・セン首相と結び、タイ政府に揺さぶりをかけ、政府にとって「主要な脅威」になっていると指摘。カンボジアとの関係を正常化するため、「主要な脅威を除去」し、タクシン氏とフン・セン首相の離間を図る必要があると強調した。

 この文書について、タクシン派の野党プアタイのジャトゥポン下院議員は同日、記者会見を開き、「主要な脅威を除去」はタクシン氏の殺害を意味すると主張した。

 タイ政府のステープ副首相は公開された機密文書が本物であることを事実上認め、公開はタイ外交を不利な立場に追いやった上、違法の可能性があるとして、タクシン派に警告した。流出ルートの捜査を行っていることも明らかにした。

 タクシン氏は昨年、タイで汚職で懲役2年の実刑判決を受け、国外逃亡中。旧知の仲であるフン・セン首相からカンボジア政府の経済顧問に任命され、11月中旬にカンボジアを訪問したところ、タイ政府がカンボジアに同氏の身柄引き渡しを要求、カンボジアがこれを拒否し、両国は相互に大使を召還、相手国の一等書記官を国外退去させた。タクシン氏は12月13日に再度カンボジア入りし、同氏のミニブログ「ツイッター」によると、22日までに活動拠点であるドバイに戻った。

〈タクシン・チナワット〉
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータ・リース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年にタイラックタイ(タイ人はタイ人を愛する)党を創設。地方、貧困層へのバラマキ政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、保守派との対立から、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。 8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツは凍結され、裁判で没収される可能性が浮上している。
 タイの隣国のカンボジアは10月、タクシン氏を政府の経済顧問に任命。これを受け、タクシン氏は11月10―14日にカンボジアを訪問した。タイ政府はタクシン氏の身柄引き渡しをカンボジア政府に要求したが、カンボジア側は「タクシン氏は政治犯」だとして拒否。こうした事態を受け、両国は相互に大使を召還、一等書記官を国外退去処分にするなど、亀裂を深めている。
 タクシン氏はまた、カンボジア入り直前に英タイムズ紙のインタビューに応じ、タイの立憲君主制の問題に踏み込む発言も行い、タイ国内で強い反発を招いている。

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